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第1章:経営環境の変化

知識社会におけるITアウトソーシングの重要性

日本経済は1960年代に高度成長期を迎え、それ以降も積極的な近代化と合理化への投資を続けることにより、製造業の分野において次第に米国との差を縮め、鉄鋼業や家電産業のような一部の分野では、米国をリードするまでに至った。

そこで、1981年に登場したレーガン大統領は、マネタリスト的な経済政策を採用し、特に政権第一期では「強いドル」を目標とした10%以上の二桁金利策をとった。このことにより、結果的にレーガン大統領の思惑通りドル高が実現されたが、その成功は皮肉にも、米国経済の基盤を揺るがす最大の原因ともなった。それは、当時既に衰えの兆しを見せていた、国内の鉄鋼業や自動車産業などの基礎的な製造業が必要としていた合理化や近代化のための設備投資を減少させてしまったためである。その間、1980年代に入っても、日本の製造業は伸び率こそ低下したものの、依然としてプラスの設備投資を実行しており、このプラスとマイナスの差が、両国における製造業の国際競争力の決定的な差となって現れた。この間、米ドルの高金利は程度の差こそあれ、ヨーロッパ通貨の高金利も招き、結果において低金利下で着実に設備投資を続けた日本が、製造業の多くの分野で世界市場において「一人勝ち」をすることに繋がった。だが、レーガン政権の第二期においては、さすがに高金利体制からの脱却が図られ、一桁金利に戻ったが、「日本の輸出競争力は円が相対的に安いからだ」との論拠から、1985年のプラザ合意による通貨調整が行われ、G5が協調してドル安政策を採用、特に対円でドルの為替レートの引き下げが実施された。欧米先進諸国としては、円高になれば輸出価格が上昇して、日本の輸出が止まるものと期待され、円は1ドル=260円近辺から、140円近辺まで一気に上昇した。

しかし、急激な円高に対応するため、日本企業は安価で優秀な労力を求め、アジアNIEsやASEAN4への直接投資を展開、日本の高い技術力と融合することにより、結果として国際競争力が以前にも増して強化されることとなった。そして、1985年から1990年までの短期間に、日本企業による投資の3分の2が東アジアに集中、右図からも分かるように、プラザ合意はASEAN4の工業化に決定的な転機を与えている。さらに、日本からの津波のような工場進出に触発された形で台湾、韓国、米国、欧州といった国々も安価で優秀な労力を求め、『モノ作り』の生産拠点としてASEAN諸国が急成長を遂げるに至った。

[図1-1 ASEAN4における海外資本比率の推移]

 

[図1-2 ASEAN4における工業製品輸出額の推移]

Information resource:
Asian Development Bank 「Key Indicators of Developing Asian and Pacific Countries」


このように、製造業においては高品質の製品を安価に作ることが、国際市場での競争優位性を決定付ける要素として注目されることとなり、現在ではさらなる競争優位性を目指し、直接投資の波が中国やベトナムへと伝播している。だが、発展途上国や後進国で生産コストと品質を追求するという形態は、先進諸国や中進諸国において国内製造業の『空洞化』という現象をもたらした。米国について言えば、NAFTAの締結によって生産拠点がメキシコへ移り、さらに東南アジアや中国にまで生産拠点を拡大した結果、米国内においてホワイト・カラーや熟練工の大量解雇が実施されることとなった。ドイツの場合では、東ヨーロッパや東南アジア、中国にかなりの投資を行い、その分ドイツ国内の製造業が衰退してきていると言われている。日本も、1990年代からの長期不況はバブルの崩壊のみならず、東南アジアや中国への工場移転による国内雇用の減少が不況に輪をかけていると見ることができる。アジアNIEsについても、香港では既に製造業の半分が中国広東省や東南アジアに生産が移転、台湾では伝統的な輸出産業が中国へ工場移転を行い、中国から輸入する形態となっている。このように、経済のグローバル化やボーダーレス化が叫ばれる中で、東南アジアや中国の高度成長の裏側では、先進諸国や中進諸国における国内製造業の『空洞化』は避けて通れない道となっている。

そうした中、先進諸国や中進諸国における製造業は、労働力/資本/技術を付加価値がもっと高い分野にシフトさせることにより、産業構造の転換を図る必要性に迫られ、結果として知識集約型の産業形態が注目されることとなった。そして、知識集約型産業において最大の投資は、機械や道具ではなく、知識労働者自身が所有する『知識』そのものであり、それは彼等の所有する知識がなければ、いかに進歩した高度な機械といえども生産的とはなりえないことを意味している。同時に、情報技術の発達と世界中に広がったデジタル・ネットワーク網は、知識集約型産業における支援的業務や事務処理等のアウトソーシングを容易とし、生産効率の改善に大きく寄与し、また業務そのものが国境を超えることを可能とした。

米クレアモント大学大学院教授のP.F.ドラッカー氏は著書『POST-CAPITALIST SOIETY』において、「大企業、政府機関、大病院、マンモス大学は、必ずしも大量の労働者を雇用する存在ではなくなる。それらの組織は、本業に焦点を合わせた仕事、自らが価値を認め、認知し、報いる仕事に対してのみ集中し、成果をあげ、収入を得ていく。他の仕事は全て『アウトソーシング』するのである」と語り、知識労働の生産性向上におけるアウトソーシングの必要性を強調している。

ただ、この分野では日本より欧米先進諸国のほうが遥かに柔軟性を持っており、既に彼等は東アジア諸国で知識産業の下請化を実現している。つまり、欧米では海外で安価に質を落とさずにできる仕事であればそちらに任せてしまい、我々はより質の高い仕事に集中することによって、トータルとしての生産性を向上させようというロジックが働いている。その結果、多国間ネットワークにおける国際分業がITアウトソーシングの分野においても成立している。例えば、企業において給与計算は必要な業務であるが、それ自体は本業にはなり得ない。また、弁護士が事務所で行っている資料探しや文書の清書もそうである。企業が公開しているウェブサイトの更新も本業ではない。そこで、米国では給与計算をインド企業に任せてしまい、弁護士のサポートはシンガポール企業が、ウェブサイトの更新はフィリピン企業が行うことにより、自国の労働者は質の高い仕事だけを効果的に実施し、現在の国際市場において競争力を発揮できるに至っている。

これに対し、日本の知識産業におけるITアウトソーシングは殆どが国内にとどまっており、結果として知識産業そのものが国際競争力を有していない状況にある。確かに、近年のITブームにより、電子ネットワークを活用した新たなサービスや、社内業務の効率化などは欧米諸国並に普及しており、新たな雇用も生み出されている。知識産業の下請にしても、一部では在宅の主婦などのSOHOによる国内の安価な労力を活用することにより、生産性向上とコスト性追求の努力がなされている。だが、欧米企業の多国間ネットワークによる国際分業との比較において有意差は明白であり、多くの国内産業は国際市場下での競争に耐えられない状況にある。また、日本が米国のような東アジア諸国で知識産業の下請化を実現できないのは、英語を共通言語として使用していないためであるとされているが、実際は図1-3のように複数の要因が絡み合うことにより、現在の状況が生み出されている。だが、知識社会において日本が国際競争力を発揮するには、情報技術から享受できるメリットを最大限利用し、海外との繋がりを深め、知識労働の生産性向上に努めることが不可欠であると言える。

[図1-3 要因分析図]

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製造業における経営環境の変化とITアウトソーシングによるデジタル化の必要性

前項では、社会学・マクロ的観点から、知識社会におけるITアウトソーシングの重要性について述べたが、企業レベルにおいても、内外の様々な環境変化がITアウトソーシングの必要性を高めるに至っている(図1-4)。特に、ここ数年は、情報通信技術の急速な発達により、事業活動において『時間』と『空間』の捉え方が大きく変容してきたため、デジタル化そのものが競争優位性を左右する一因となっている。

[図1-4 製造業における環境変化]

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例えば、情報技術の発達は企業内ネットワークの構築を可能とし、デジタル化された情報をデータベース化すれば、業務効率を飛躍的に向上させ、同時に企業内でのスキルの共用を図ることが可能となっている。今回ターゲットとしている『図面』についても、取引先とのやり取りにおいて、電子メールにデジタル化した設計図面を添付することにより、設計変更などにおいてインタラクティブな打ち合せを行うことが可能となる。そして、図面情報もデータベースから取り出し、全てをペーパーレスで行うことができる。従来であれば、このようなやり取りではファックスや郵送が主流であったが、デジタル化された業務と比較すると利便性や正確性、コスト性に明白な差異が見受けられる。

また、ISOでは、仕事の内容を記録化・文書化することで、過去の仕事が情報資産として残り、たとえ長い年月を経て、社内の顔ぶれが変わっても、仕事の質を維持できることを狙いとしているが、これら全ての情報を紙に印刷・保管すると膨大な量となってしまい、ファイル・キャビネットの大部分を占めるだけでなく、社員が欲しい情報を探すだけでも一苦労となってしまい、情報の共有化とはほど遠いものになりがちである。さらに、大方の企業では、ISO規定に従って作成された標準フォームだけがデジタル化されており、実際の運用時には、そのフォームのコピーへ手書きで情報が記入され、ファイリングされている。このような方法だと、特定クレームや類似品種の開発経緯に関する情報を探し出そうとしても、ファイル・キャビネットに保管されている膨大な情報に目を通さなくてはならなくなる。だが、フォームだけでなく、全ての情報がデジタル化され、社内のデータベースに情報がストックされていれば、キーワードを検索項目に入力するだけで、目的の情報に辿りつくことができ、遥かに効率的である(ISOの文書規定では、昨今の情報技術の発達により、文書及び記録は必ずしも紙の上に書かれたものである必要はなく、パソコンやその他の電子メディアを用いても良いとされている)。

とはいえ、社内文書のデジタル化は煩わしい作業であり、それに自社社員の労力を使用しては本末転倒となってしまう。あくまで、自社社員の労力はコア・コンピタンスを追求したスキルの高い知的労働に向けられるべきであり、且つ競争力を高めるものでなければならない。そのようなことから、企業情報のデジタル化には、社外のITアウトソーシングを活用することが効果的であると言える。

また、このような環境変化に対応するように、日本における企業の経営スタイルも大きく変容しなければならないであろう。表1-1に示すように、社員は戦略を重視した行動基準の下、機動性を高めるためにアウトソーシングなどの外部資源を積極的に活用し、イノベーション(創造性)の高い仕事へと移行することがの望まれている。さらに、組織の分権化や水平的分業ネットワークにより、スピードを高めることが必要とされている。また、ボーダーレス化した社会では、国際感覚を持った個々の高い能力が、世界市場での競争優位性を左右することになる。

[表1-1 経営スタイルの変化]

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国際分業によるITアウトソーシングは、このような「これからの経営スタイル」に合致するものであり、個人の仕事の能力を高め、企業の生産性向上に大きく寄与することができる。そして、日本企業が知識社会において発展するためにも、必要不可欠な存在となるであろう。

ITアウトソーシングにおける図面トレーシング

手書き図面トレーシングの位置付け

これまで、知識産業における生産性向上のためには、情報技術から享受できるメリットを最大限利用したITアウトソーシングの活用が必要であり、さらに国際市場における競争優位性を確立する上では、多国間ネットワークによる国際分業が重要であるとしたが、ここではITアウトソーシング化が可能な業務が、夫々どのような特徴を有しているのかについて言及している。
そこでまず、大局的でもどのようなポジションに位置するITアウトソーシングであれば国際分業ができるのか、またその中で、今回ターゲットとしている「手書き図面のトレーシング業務」の位置付けを明瞭化する目的で、横軸に『言語制約の比重』、縦軸に『必要とされる専門スキル』を置いた図1-5を作成し、4つの事象に分類、各事象の特徴を分析している。

[図1-5 ITアウトソーシングにおける図面トレーシング業務のポジション]

まず、高い専門スキルが必要とされるが、言語制約の比重が小さい領域の第Ⅰ事象には、『英語仕様の図面設計』や『グラフィックス関係』、そして『(汎用)ソフトウェア開発』などのITアウトソーシングが位置している。これら領域のITアウトソーシングは、海外でも優秀なスキルを有したエンジニアが豊富であれば業務遂行が可能であり、実際に『グラフィックス関係』の仕事は米国などクリエーターの多い国で、『(汎用)ソフトウェア開発』はインドのように理数系に強い人材が豊富な国でといっ国際分業体制が採られている。ただ、『ソフトウェア開発』の種類によっては、日本向けのプログラムだと日本語の比重がかなり高くなってしまうため、第Ⅱ事象に位置するケースも多々あり、業務遂行が国内にとどまる可能性がある。

次の第Ⅲ事象については、上述の業務と比較して高い専門スキルを必要とせず、且つ言語制約の比重が小さい領域となっており、概ねネットワーク環境の普及した国であれば、国際分業による業務遂行が可能であると言える。そして、今回ターゲットとしている『手書き図面のトレーシング業務』もこの事象に含まれている。対して第Ⅳ事象の『ウェブページの作成』や『文書の清書』では、それほど高いスキルを必要としないものの、言語制約による影響が大きく、国際分業によるアウトソーシングが難しい領域となっている。

以上のように、第Ⅰ事象と第Ⅲ事象に位置する業務が国際分業によるITアウトソーシングの可能性を有しており、夫々の国の持つスキルの高さや産業形態、バックグラウンド等の特徴を考慮することによって、ベスト・プラティックスとなるアウトソーシング先国の選定を可能としている。
また特筆事項として、第Ⅲ事象と第Ⅳ事象に共通するのは『必要とされる専門スキル』の低さであり、比較的アウトソーシングし易い特徴を持っている。このような背景から、日本では在宅主婦などの安価な労力を活用し、国内における最大限のコスト性追求が活発になされている事業領域となっている。とはいえ、世界トップクラスともいえる高賃金体質の日本にあって、在宅主婦の労働コストは発展途上国や後進国のエンジニアよりも高額であり、国際市場において競争力を有していない事は明白である。

手書き図面トレーシングの特徴

さらに、ここでは『手書き図面のトレーシング業務』が有する大きな特徴として、図1-6に示す4項目を挙げる。

[図1-6 図面トレーシング・アウトソーシング業務の特徴]

【ネット上での実務可能】
まず『ネット上で実務可能』については、原本となる手書き図面そのものがFAXやeFAX(ファックス・データを画像として電子メールに転送)、スキャナーなどを使用することによって、世界中どこへでもデータを転送することができ、これ自体は全てのITアウトソーシング業務に共通した特徴となっている。また、ほとんどの図面はモノクロで描かれているため、それほど大きなファイルサイズとはならず、データの転送に際して大容量のネットワーク回線を必要としない。

【世界共通のスキル】
次に『世界共通のスキル』についていだが、図面の描き方そのものは世界中の誰が見ても理解できるということが基本であり、共通のスキルの上に成り立っている。単位や記号にしても、今や日本だけの標準(JISのような)というものはあまり使用されておらず、ISOに代表されるように世界標準が当たり前となっている。

【マンパワーに大きく依存】
ITアウトソーシングは『マンパワーに大きく依存』する業態であるため、人件費の差が出やすい仕事であり、当然『手書き図面のトレーシング業務』も同様のことが言える。日本国内において、在宅主婦の労力に注目が高まったのも、この部分の比重が大きいためである。

【言語制約の影響少】
そして、『手書き図面のトレーシング業務』の主目的は図面そのものを忠実にデジタル化することにあり、図と数字、そして記号記入の業務が中核となっている。そのため、図面において言葉の記述は補足的な意味しか有しておらず、図面の中に占める割合も極めて小さい。その結果、「言語制約の影響が少ない」といった特徴となっている。

以上のように、図面トレーシングは国の違いによるハンディー・キャップが極めて小さい業務であると言える。それは私の経験においても証明されており、マレーシア人技術者にしても、中国人技術者にしても、日本で描かれた図面内容を容易に理解し、そのデータを基に自身で図面の修正・加工、類似製品の設計などを行うことができていた。仕上り品質に関しても、日本技術者のそれと遜色はないというのが率直な印象である。

日本企業の情報化に対する意識

バブル経済の崩壊以降、日本の企業はリストラクチャリングやダウンサイジング等の取り組みを進めており、その影響から設備投資についても減少、あるいは横這いの傾向が続いている。その一方で、1990年代の米国は経済の持続的成長を実現しており、その原動力の一つに『電子ネットワーク』の活用が挙げられる。

そこで、ここでは日本企業の情報化の現状と認識について言及することにより、日本企業が知識社会においてのどのフェーズにあるのかを読み取っている。

日本企業の情報化投資

まず、日本企業の情報通信機器の整備状況として、上場企業における従業員1人当たりのパソコン台数をみると、従業員1人当たりのパソコン台数は「1.0台~1.2台」が29.7%と最も多く、次いで「0.7台~1.0台」が24.8%となっており、大企業ではおおむね1人に1台のパソコン配備という環境が整いつつある(図1-7)。中堅・中小企業の場合でも、大企業からのペーパーレス化やオンライン取引などの要請により、パソコンの配備環境は大企業のそれに近づいているものと推察される。

また、情報化への投資水準についても、1990年以降の10年間で約2倍にまで増加しており、企業における情報通信資本の位置付けが高まっていることがうかがえる。しかしながら、情報化投資の推移について日米で比較すると、1990年以降では米国が日本を上回る情報化投資の伸びを示しており、投資が指数関数的に上昇しているのに対し、日本では情報化投資額の伸びが米国と比べ相対的に低いものとなっている(図1-8)。そして、この差は「知識労働」という面において有意差となって現れ、現在では両国の企業競争力の優劣に反映されている。

[図1-7 従業員1人当たりのパソコン台数]

Information resource:総務省「ITと企業行動に関する調査2002」

[図1-8 従業員1人当たりのパソコン台数]

Information resource:総務省「ITの企業分析に関する調査2002」

情報化投資による事業形態の変化

日本では、情報化の進展により、情報共有や事務・管理作業における業務効率の向上等を図り、その効果を享受するためには、組織形態の見直し、人材の充実等の企業における取組が重要であると指摘されている。そこで、図1-9の情報化投資の効果を発現するために、企業が必要であると考えている条件についてみると、「業務内容や業務の流れの見直し」(83.7%)、「経営トップの強い意志」(61.5%)、「従業員の教育・訓練」(51.9%)、「組織・体制の変革」(48.0%)の割合が高いものとなっている。

しかしながら、知識社会の下では「業務内容や業務の流れの見直し」といった『今あるものを削る』リストラクチャリング的な発想や、『今の仕事のやり方を並び替える』リエンジニアリング的発想ではなく、「電子ネットワーク」に対応したものをゼロベースで『まったく新しいものを作る』という発想が要求される。

そして、その中核となるのが知識労働者であり、「この仕事から期待すべきものは何か」という問いの発信に対して答えを見出さなければならない。情報化は『上意下達』の電子化ではなく、水平型のコミュニケーション・システムである。つまり、情報化の投資効果を発現するためには、「経営トップの強い意思」よりも、社員の強い意思が必要とされる。

また、知識労働で重要視される「本業の仕事への集中」において、大きく影響を与える「コア業務へのリソース集中」と「コア業務以外のアウトソーシング」については、複数回答であるにもかかわらず、それぞれ7.7%、4.6%と大変低い数字となっており、欧米などのIT先進国と異なり、いまだに日本企業の視点が知識労働者の「生産性向上」や「イノベーションの喚起」よりも、情報化の効果が出やすい「業務効率向上」、「コスト削減」といった方向を向いていることを示している。

欧米諸国やシンガポールなどといったIT先進国は、知識社会における情報化投資効果を発現するため、企業レベルでもゼロベースからのドラスティックな変化が見られた。例えば、世界で最も前衛的な企業の一つである、マイクロソフト社の会長ビル・ゲイツ氏は、「会社がデジタル技術を使うのは、旧来のプロセスを根本的に改善して新たなプロセスを創りだし、全従業員の能力を100%引き出すためでなくてはならない」とし、早くから抜本的な改革を推し進めてきた。それに対し、図1-9の内容が示す通り、日本は既存の枠組や思考から脱却できないで状況にあり、旧来のロジックで『知識社会』や『情報化』というものが捉えられている。そのため、情報化投資から享受できるメリットに差が現れ、それが企業の競争力に繋がる結果となっている。

[図1-9 従業員1人当たりのパソコン台数]

Information resource:総務省「ITと企業行動に関する調査2002」

【業務内容や業務の流れの見直し】
「業務内容や業務の流れの見直し」に関する個別の取組についての実施状況をみると、おおむね半数の上場企業が、電子メールや業務システムの活用等によって「社内のペーパーレス化を図った」(52.9%)、電子掲示板への情報の掲載を制度化するなど「情報共有の推進を行った」(45.7%)としており、既存の枠組み上に電子ネットワークが導入されているとの印象が強い。

そのため、取引伝票や見積を電子化するなどの「社外との取引におけるペーパーレス化を図った」(15.3%)、購買・調達業務で一社専属取引から複数の取引先の比較検討へ移行するなど「取引方法の見直しを図った」(8.9%)等、社外と関連する業務の見直しを行っている企業は相対的に少ない割合となっている。

[図1-10 情報化投資に伴う業務内容や業務の流れの見直し状況(複数回答)]

Information resource:総務省「ITと企業行動に関する調査2002」

【組織・体制の変革】
次に、情報化に伴う組織の見直し状況についてみると、図1-11において2割以上の企業が「組織の統廃合」(21.7%)や「業務のアウトソーシング」(21.1%)に取り組んでいるとしている。前述において知識労働者が「仕事への集中」を促進するためにも、業務のアウトソーシングは重要である述べたが、日本企業のそれはリストラクチャリング的発想に近く、コスト削減効果の出やすい性格のものでしかない。
今後は、中核業務へのリソース集中のために、「組織の統廃合」や「業務のアウトソーシング」を実施し、組織・体制の変革に臨む態度が必要とされる。

[図1-11 情報化投資に伴う組織・体制改革の実施状況(複数回答)]

Information resource:総務省「ITと企業行動に関する調査2002」

情報化の効果

以上のように、情報化に向けた情報通信機器やネットワーク環境の整備に対しては、日本企業においても積極的に取り組む姿勢が現れている。

しかし、「情報化を企業活動においてどのように活用していくのか?」といった部分では、日本企業はゼロベースからの出発ではなく、今ある枠組に電子ネットワークを当て嵌めようとの発想に基づいているといえる。そのため、知識労働の「生産性向上」や「イノベーション」といった面での効果が小さい反面、「業務の効率化」や「コスト削減効果」といったすぐに投資効果を実感できる性格となっている。事実、上場企業における情報化の効果に対する認識についてみると、約6割の企業が「コストに見合った効果があった」(58.6%)と回答している。

また、図cおいて知識社会における電子ネットワークの波及効果はPHASE1の「情報化基盤整備」、PHASE2の「(社内業務における)業務効率向上・コスト削減」、そしてPHASE3において「(知識労働の)生産性向上、イノベーションの喚起」といった順で企業が情報化の効果を認識できるとしていたが、これまでの統計の数字から、今の日本企業はおおむねPHASE2の段階にあると言える。総務省のアンケートでも、「情報基盤整備」では7 割以上の企業が、「コスト削減」についても約半数が『効果あり』としているが、知識労働の「生産性向上」や「イノベーション」といった部分についてはあまり具体的な効果が現れていない。これは、PHASE2に位置する日本企業は情報化の目的の対象が社内の情報通信基盤整備や合理化・効率化等であるため、企業の取組がおおむね社内で完結するためである。対してPHASE3では、顧客等との取引関係など対外的な関係も含まれるため、企業内部における意思決定以外の要素に影響を受けることから、効果を発揮するための取り組みが進みにくく、既存の枠組内での限界を示していると考えられる。今後、企業が情報化を進めるに当たっては、社内の改革にとどまらず対外的な関係を含めた抜本的な取組を進め、情報化による効果を十分に発揮することができる環境整備を進めることが重要であろう。特に、情報化から享受できるメリットを最大化するには、知識労働の仕事の集中が重要となる。日本企業は情報化投資効果を発現させるためにも、欧米企業のように「コア業務へのリソース集中」と「コア業務以外のアウトソーシング」といった部分をクローズアップせざるを得なくなるであろう。そして、この段階に達してはじめて、日本の知識労働が国際市場で競争できることに繋がると言える。

[図1-12 企業における情報化の効果]

Information resource:総務省「ITと企業行動に関する調査2002」

 

 

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